「保存委員会の活動報告」2009.05.28 日本船舶海洋工学会 講演会
日本船舶海洋工学会 平成21年 春季講演会 保存委員会 藤村 洋 委員長の報告
関西支部終身会員の藤村でございます。 当年とって77歳、このような講演会には滅多に現れない老骨でございますが、本日は貴重なお時間を頂戴し私達の保存活動の報告をさせて頂くために出て参りました。
関西支部では2007年の10月から古い造船資料ならびに用具などの保存をしようという委員会活動を開始しました。
この委員会を始めた発端は、この年3月の関西支部シニアの集まり“Kシニア”の海友フォーラムにおけるある会話でありました。
「昔、我々が毎日のように使っていたタイガー計算機や計算尺のことを今日の若い人は知らないそうだ。 またそれらの用具類は消えて無くなりつつある」「それでいいのか?」
このような会話をきっかけにバッテンやウエイト、プラニメーター、インテグレータなどについて使い方、苦労話に花が咲きましたが、結果として、「これこそ日本の造船業を陰で支えた優れものだ、保存しよう!」ということになり、
10月の支部運営委員会で取り上げて貰い、支部の委員会活動として承認され、スタートを切りました。
形の上では支部の委員会ですが、活動は“Kシニア”のメンバーがこれを担うという一種のボランティア活動であります。全員70歳以上いわばアラセブンのメンバーですが、志も高く元気にこの活動に取り組んでおります。
活動の目的は、これらの品物が無くなってしまう前にともかく集めようということですが、もう少し整理をして言いますと、「日本造船業の発展過程を系統的に把握できるように資料・用具を収集・整理・保存する」そしてそれを「展示または各種メディアによる情報発信によって公開する」
ということであります。
さて、このようにして活動を開始してから約1年半が過ぎましたが、この間何が出来たか、についてお話ししますと・・
まず、活動開始のアナウンスと寄贈のお願いを関西支部内の企業会員各社と会員各位に出しました。
この結果、「出しましょう」と言って下さった会社が10社、個人の方が40人、併せて50口の応募があり、大小併せて3500点を超える品物が集まりました。
また、個別にお願いして集めた物がいくつかあります。
皆さんよくご承知の大崎上島・木江にありました木江工業高校造船科は学科廃止になりましたが、多くの教材などが残っておりました。 これを一括頂戴することが出来ました。
その他数カ所からここに書きましたようないろいろなものを頂戴しました。
いずれも様々な理由から廃棄される予定のものでありましたが、私達の目から見ると貴重な宝物が含まれておりました。
集まった物の一部をここに示しました。 年輩の方には懐かしい品でありましょう。
プラニメーターとインテグレーター
タイガー計算機と円筒形計算尺
また様々な調査活動も行いました。 東京の「船の科学館」、舞鶴のユニバーサル造船の「舞鶴館」、呉の有名な「大和ミュージアム」などを見せて貰いました。
一方、収集する場合に真っ先に問題になりますのは、受け入れた物を収納する場所でありますが、幸いなことに、神戸大学海事科学部のご厚意で、この学部の付属である「海事博物館」の空きスペースを借りて収納場所、作業室などを設定することが出来ました。
収集受入れの手続き、関連帳票、保管整理のシステムなどは本格的なものにしておかなければならないと考え、これらの検討整備にかなりの時間を費やしました。 一応、EXCELベースのシステムは整えましたが、さらにACCESSベースを検討中です。
また、受け入れたものの整理、調査、記録という作業は一品毎に行いますので、手間のかかる仕事ですが、昨年8月暑いさなかに集中作業を行い、そこで整理できたものをHPに掲載しようということで取り組み、9月15日に「デジタル造船資料館」という名前で公開することが出来ました。
すでにご覧頂いていると思いますが、まだの方は是非覗いてみて下さい。
「かんりん」にも紹介を載せて頂きました。
博物館毎の収集保存の方針を「Museum Policy」と言うそうですが、これについても勉強しました。
以上が、活動の概要でありますが、次にこの活動の結果どんなことが判ってきたか、についてお話しします。
「日本近代造船史の証の品々」が 残念ながら消えて行きつつあります。
企業・造船所について言いますと 大企業の場合は、時既に遅し、という感じです。 新しいところに造船所が移ったという時期とコンピュータ化の時期が同じ頃であったために多くのものが廃棄されてしまったと思われます。 また、小さな造船所は転業、廃業しつつあり、様々な品物が失われる瀬戸際にあります。
一方、学校・大学などの教育機関についても、工業高校の造船科廃止、大学の学科編成の造船離れによって、明治以来の貴重な遺産が消滅しつつあります。
唯一、比較的残っているのが個人の所蔵品であります。昭和を担った方々が身辺整理の時期に入っておりまして、呼びかけに答えて寄贈して下さった方が多くおられます。
どうか皆様も身辺整理の時期が来ましたらクズ屋に出さずに是非私達にご一報下さるようにお願い致します。
次に国内外にある海事博物館の状況であります。
先ず、国内ですが、海や船に関連した品物を展示している博物館は意外に沢山あります。 また、どこにどんな施設があるかというデータも、いろいろな方のご努力で整備されております。
ご覧頂いているのはそれらのデータの中からHPを持っている施設をピックアップしたものです。 私達のHP「デジタル造船資料館」にリンクが張ってあります。
これを見て感じますことは、施設の多くが、小規模であり、各地に散在していること、観光施設型、自社記念館型がかなりあり、これらにはいわゆる「学芸員」というような仕事をしている人は余りいないのではないか、また財政的にはどちらも苦労しておられるのではないかということであります。
また、本当の意味で、歴史の一次資料になるようなものは、このような施設ではなく造船所の図倉に眠っているのでないかと思います。
これらの施設の中で規模・収蔵・展示とも充実しているのは 東京の「船の科学館」と呉の「海事歴史科学館:通称大和ミュージアム」であり、特に後者は「大和十分の一模型」という目玉のおかげで、博物館事業としては稀に見る好成績を挙げておられるように聞いております。
この二つの施設は今後とも海事歴史研究あるいは保存活動の中心施設となるであろうと思います。
歴史の長い大企業の記念館は内容も充実しておりますが、多くが総合重工業であるために、船以外の製品と併置になっております。
次に海外ですが、これも国内同様各地に沢山ございまして、またそれの所在などに関するデータもいろいろあります。
ご覧頂いているのは各国海事博物館のリストであります。 欧州とくに英国がもっとも力を入れているようであります。
中心になるのはロンドンのグリニッジにあるThe National Maritime Museumでありますが、ここは創立は1937年と比較的新しいのですが、規模は大きくとくにスタッフ400人を擁するという点でその研究的姿勢が伺われます。
これに比べると日本は遅れていると思わずにはいられません。
いわゆる博物館だけでなく、図面や資料の保管、提供というArchives Serviceも英国・米国は充実、かつ行き届いているようであります。
この辺のところは研究者の方はいろいろご存じであろうと思いますが、当委員会のメンバーであり艦船模型の専門家でもある泉江三氏の経験では古い軍艦の図面などの歴史的資料についても幅広いサービスが提供されているそうであります。
ご覧頂いているのは、ロンドンのNMMのHPの一部であります。
これはGlasgowのShipbuilding ArchivesのHPです。
最後に、この活動の今後の課題について申し上げます。
歴史研究と表裏一体の関係にあります海事歴史資料の保存活動は、英国などに比べて遅れておるように思いますので、これを本格的に推進しなければならないと感じております。
Preserving the Past for the Future! 未来のために過去を保存しよう!
英国のアーカイブズのスローガンでありますが、良い言葉であります。
私達日本の造船屋は、明治以来欧州の先進国をキャッチアップすることに努力し、敗戦ののちは、廃墟から立ち上がり、営々として努力した結果、20世紀のトップ造船国として、またアジアの先進造船国としての地位を確かなものに致しました。
この間に様々な努力がなされましたが、これらの努力の記録は決して日本だけのものではない、世界全体の技術的、文化的資産なのではないでしょうか。この貴重な歴史一次資料を消滅・散逸させないこと、さらにそれらに基づいて歴史を編纂し世界に発信することは、世界に対する日本の文化的責任ではないかと思います。
資料の保存、歴史の研究について努力をしてこられた方が多くおられる中で、僅かな活動経験しかない私達がこのように気負ったことを申し上げるのは恐縮でありますが、この活動をやる以上はこれらのことを視野に入れておかねばならないと考えて、敢えて今後の課題の目標としました。
今までの活動はいわば試行段階でありますので、まず、この活動をより本格的なものにするためのアクションを取らねばならないと考えております。
私どもは何も判らないまま関西支部としてスタートしましたが、ひょっとすると他の支部でも類似の活動が行われているのではないかと思います。
その様な活動についての情報、あるいは私達の進め方についてのご意見がありましたら、是非聞かせていただき、勉強をしたいと思います。
その次に、保存に関する基本的な方針の立案、コンセンサスの確立という問題にも取り組まなければいけないと思います。広くご意見を頂戴したいところであります。
そして、賛助会員などを含めた広い範囲の方に寄贈のお願いを拡大していかねばならないと思っております。
また、その次のステップの活動ですが、現在我が国の資料や用具の一次資料は各地の史料館、博物館などに散在しております。 しかし、これらの施設にはそれぞれ設立の目的がありますので品物の集約というようなことは出来ません、またその必要もないと思います。
ただ、どこに何があって、そしてその内容はどんなものかというデータベースの作成は必要ではないかと思います。 結果的にはデジタル・ミュージアムのような形で多くの研究者に一次資料を提供できるようにすることであります。
またそれは英文で作成し、世界に発信できるようにすべきであろうと思います。 実現するまでには多くの労力と原資を必要とすると思います。 しかし、今のデジタル検索の時代ではここまでやらないと事実が存在しなかったと同じ事になるのではないでしょうか。 是非皆様のご検討をお願い致します。
貴重な時間を頂戴し、ご静聴頂き、誠に有り難うございました。
なお、話の中に出ましたタイガー計算機他の収集物をポスター前に展示しておりますので、ご覧頂きたいと思います。
以上