進水と進水記念絵葉書 & それから見える船の進化
船はどのようにして進化してきたか – 船の進化の系統樹 –
造船資料保存委員会 藤村 洋
神戸大学海事博物館の2013年度企画展を「進水絵葉書に見る船の変遷」というテーマで開催することが決まった時、これに伴って博物館ならびに造船資料保存委員会が所蔵する多数の進水絵葉書をどのような形で展示すれば一般の参観者の理解を得やすいかが議論され、様々なアイディアが出された。
一般には、船を分類するときはその船の機能すなわち働きで分けることが多い、貨物船、客船という区分、もう少し括りを大きくして「運ぶ船」「遊ぶ船」「働く船」といった区分もありうる。 しかし、このわけ方で展示する方法では”変遷”という時間的な変化を現すことが出来ない。
そこで、造船資料保存グループから、船の変遷を”進化”と捉えて、生物の進化を”系統樹”という形で表すことに倣って、”船の進化の系統樹“を描いてみてその線上にめぼしい船の進水絵葉書を置いていくというアイディアを提案した。
そして、このアイディアに従って 運ぶ船 すなわち ”貨物船” について系統樹を描いてみたのが 添付の図「貨物船の進化の系統樹」である。 これによって“変遷”の概念は表現できることが判ったが、多数の船の種類全般に及ぶ進水絵葉書すべてをこの方法で展示することは難しいので、平行して「運ぶ船」「働く船」などの”機能”による括り毎に、めぼしい船の絵葉書に説明を付けたシートを並べる方式を採用することが決まった。 展示はこれで実施し、盛会裡に終了したが、船の変遷を全体として把握しようという”進化の系統樹”という概念の詰めは不十分であった。 そこで、ここでは解説の改訂版を掲載することとした。
生物の進化はそのほとんどが生息環境への適合、種の保存のための競争力の確保といった自然条件に対応する変化である。 人為的な変化は”品種改良”と呼ばれていて自然の進化とは構造が違う。 人工物である船の場合は当然のことながら、進化の要因は人の意志によるものであるから厳密に言えば進化よりは”品種改良”に近いかもしれない。 しかし、船の場合、規模の大きさなどから急激な変化は起こりにくく、漸進的に変わっていくことはあたかも進化による変化のごとく見える。
添付図で示した”系統”の分け方は至って雑ぱくであり十分な概念の詰めが出来ていない。 まず、貨物船を定期貨物船と不定期貨物船に分けた、これは集荷・運航の形態による仕分けであり、古くから存在している通念であるが、汽船が走り始めた当初は単なる貨物運搬だけでなく客、郵便物なども運ぶ社会のインフラとしての機能も持っていたので、定期に運航する船に対して補助金を出すなど助成を行ってインフラを確保したのであろう。 今日この区分が大きな意味を持っているとは考えにくい。 むしろ不定期船のその次のレベルの区分原材料輸送船と製品輸送船に今日的な意味があると思われる。
まず、この図では枝分かれの要因は運ぶ貨物によっている。 いわゆるタンカーと称される船の積荷は当初は原油が主であったが、ガスを運ぶようになり、さらにそのガスがLPGやLNGに分かれてきた。 これらの変化は枝分かれで表現した。
同じ貨物を積む船が後で述べるような要因で変化いていくことは横軸(時間軸)で表現した。 タンカーの大型化、ずんぐり型による効率化、定期船の高速化、コンテナ船や自動車運搬船の大型化などである。
積荷が次第に変って行く様子、同じ荷物を積むが、荷姿の変化で違う船になってきたことなどはやはり同じように時間軸上の変化として表現することが出来る。 カーバルク船からPCCへの漸進的な変化、高速定期船からコンテナ船への劇的な変化などは絵葉書の船の形でも見て取れる。
さて、次に船がどんなに要因により変化を起こすかを考えて見ると次のような分類ができる。
1 効率化を追求した進化
1-1 特定貨物に特化した専用船による効率化
日本の戦後の繁栄は、原材料を海外から輸入し、それを加工して製品を輸出することによって担われた。 そして、臨海工業地帯という日本の地勢による有利な立地により輸入・輸出物の大部分が船によって運ぶことが出来たところに特徴がある。
戦前は原材料の運搬は不定期船すなわちトランパーによって担われていた。 戦後は規模の拡大によりこれを専用船化することにより輸送コストを大幅に下げられることが判り、いわゆるインダストリアル・キャリアという形態すなわち船も運航も荷主の関与の下にあるという形が一般的となった。 これにより使われる船はその輸送対象品に特化した効率の良い船を使うことが出来るようになった。
一方、製品輸送分野では、コンテナ船の出現以前は、一般には定期船すなわちライナーで運ばれることが多かった。 この分野で大きな変化を起こしたのが自動車輸出の驚異的な増大に対応して開発された自動車運搬専用船の出現であろう。 これにより専用船化がすべての分野に及ぶようになった。
工業製品すなわちケミカル・プロダクツ、セメント、プラント類などの分野では隻数は少ないが専用船化は早くから進んだ。
1-2 大型化による効率化
貨物のロットを大きくすることが出来るなら船は大きいほど効率がよい。 原油タンカー、鉱石・石炭輸送船などが戦後次第に大きくなったのはよく知られたところである。 大型化を可能にするための技術開発の進度がそのテンポを決めたが、最終的には航路の制限、ロットの最適サイズなどで大型化に歯止めが掛かった。
1-3 船型改善などによる効率化
原油タンカーにおける”真藤船型”=長さと幅の比を小さくした船型改善による効率化、高速ライナー最後の船型となった”山城丸型船型”=幅を広げ、ブロック係数を小さくした船型など寸法比の改善のほか造波抵抗の軽減、波浪中性能の向上など狭義の船型改良、推進性能の向上などもこの範疇に含めて良い改善であろう。推進性能のみならず船体重量の軽減による効率化もこれに含まれる。
1-4 乗組員定員の減少による効率化
航海計器、通信機能、主機の自動化などによる乗り組み定員の減少も効率化の大きな要素である。 エレクトロニクスの進歩による技術開発はすさまじく、一時は定員11名を目指す努力がなされたが、その後外国人船員の混乗など別の要素で人数の減少は歯止めが掛かった。
1-5 ユニット・ロード化による革命的効率化
この変化は他の要因と次元を異にする大変化である。 コンテナシステムの開発・導入により製品輸送船の荷役効率は大きく向上し、陸上輸送を巻き込んだロジスティックスの革命的改善が実現した。 山城丸、ぶれーめん丸などの超高速ライナーを最後として定期貨物船は消え、箱根丸などのコンテナ専用船の時代に入った。 そして荷役効率の向上、高速化などによりネックが解消した結果、この船種でも大型化のメリットを追求することが出来るようになり、新興国の経済勃興と相まって急速に大型化が進み、今では1万個積みを超えるOver-Panamaxコンテナ船の時代に入った。
1-6 ディーゼル主機の出力向上などによる性能改善
戦後のある時期まで、計画造船による定期船の整備が進められたが、その間の速力向上はディーゼル主機関の出力向上に依るところが大きかった。 これはシリンダーの大径化、過給器の開発などの技術開発の成果であった。 これは効率向上と言うよりはサービススピードの向上など競争力のアップにつながる性能改善であったが、進化の過程の1ステップであった。
1-7 ディーゼル主機の低回転化による燃費性能向上
オイルショックによる油価の高騰に直面し、燃費の向上が課題となり、主機の回転数を下げることに依るプロペラ効率アップ、さらに船速そのもののダウンなどの対策がとられ、進化の方向は大きく変わった。
2 地球環境に配慮した進化
進化の狙いが変わり始めたのは、原油タンカーのバラストタンクの排出水による海水の汚濁が問題視されるようになった時期からである。 さらに問題が大きくなったのは座礁、折損などにより大量の原油が海水や海岸を汚染する事故が何度かおこるようになってからであろう。 タンクの洗浄方法などの問題から専用バラストタンクの設置へ、さらに二重底、二重船殻の義務づけと制約は厳しくなってきた。
地球環境保全という効率化とは相反する方向への対策が船の進化と評価される時代になった。 大きな変化である。 水だけではなく主機関などから排出されるCO2、SOx、NOxも問題視され排出が規制されるようになってきた、対応策の一つとして太陽光発電などを装備した船も現れた。
さて、これらの変化をすべて添付図のような素朴な系統樹図で表すことは出来ない。 外形で判断できる変化は識別可能であるが、乗組員の定員などは簡単にはわからない。 しかし、絵葉書もしくは竣工写真のような基本画像に要目や主な変化を記述したタグを付ける、もしくはさらにリンクして詳細な画像、表、記述などを容易に見せることが出来れば、長い船の進化の状況をマクロにかつ必要なら詳細に記述出来るであろう。 歴史記述の一つの試みの提案としてご理解頂きたい。
個々の変化がどの船で現れたかについては硴崎、石津両氏の論考に述べられているのでそれを参考として頂きたい。
船は外部の技術開発の成果を取り込んで進化してきた。戦後の関連技術の進歩は目を見張るような大きさと早さを持っている。 特に通信、エレクトロニクスなどのそれは著しい。
また、地球環境保全に関する社会全般の意識の変化の影響も極めて大きいことが、この進化の観察からも伺える。
検討内容も整理の仕方も不十分であるが、ここに述べたように、マクロに船の発展・進化を観察することが今後の進化の方向を見定めることに役立つことを期待したい。
以上