資料調査報告(No.17):2018年9月発行「練習船日本丸・海王丸の初期段階における 承認申請図面および関連資料」

説明文:藤村 洋(造船資料保存委員会)
資料調査:松永 明、濱田 淑(造船資料保存委員会)
図面画像編集:黒井昌明(造船資料保存委員会)

1 まえがき

ここに紹介する資料は、昭和5年の3月と5月、ほぼ同時期に(株)川崎造船所で建造された日本丸と海王丸の2隻の大型練習帆船の、建造初期に船主に提出された「承認申請図」などの資料である。

この2隻の練習船が同時期に建造されるに至った背景には、昭和2年3月犬吠埼沖で沈没し、教官・学生53人全員が亡くなるという悲劇を生んだ、鹿児島県の練習船霧島丸の遭難という事件があった。この事件の記念碑が29年度「ふね遺産」として認定された。またこれにより建造された日本丸は平成28年、海王丸は平成29年それぞれ「ふね遺産」として認定されている。 下記リンクでそれらの資料を見ることが出来る。

日本丸:第1回「ふね遺産」認定(平成28年)

海王丸:第2回「ふね遺産」認定(平成29年)

次に「承認申請」という行為について説明する。船舶は1隻ごとにどういう船を造るかを注文主と協議をして建造する「一品生産」の製品である。その協議の道具は仕様書という文章と図面という画像媒体が中心である。そのために造船所は仕様書に基づいて図面を作成し、それを船主に提出し承認を求める。その行為を「承認申請」と呼んでいる。通常、契約書を交わすまでに行う協議を初期段階の協議もしくは承認申請と呼んでいる。

ここに見て頂く資料類は、(株)川崎造船所から発注を担当した逓信省管船局に提出されたものであるが、逓信省に技術部門がなかったためであろうか、実際のチェックは東大造船科の山本武蔵教授に委任されたのであろう、東大研究室の一隅に置かれた「山本武蔵先生」と書かれた段ボール箱の中にあったものである。

この資料について、東大側からの説明は何もなかった。すなわちこの資料は永年放置されていたものであったと思われる。従って、この資料に関する説明はすべて調査者の推測によるものであることをご承知頂きたい。

山本先生は、いわば船体部の先生であるが、この船は帆船であり、補助機関として(株)池貝鉄工所の小型ディーゼルエンジンをもっているだけであるからか、池貝鉄工所の資料や電気部の資料もすべて山本先生が見ておられたと思われる。

造船資料保存委員会が、東大本郷キャンパス3号館改築に当たって、廃棄対象となっていた各種の資料を歴史資料として頂戴することが出来たのは、偶然に近い契機によるところが大きい。 即ち、3号館改築に伴う不用品排出の時期と保存委故南波壮八委員が寄贈のお願いに伺った時期が一致したため、かなり広範囲に排出予定品を見せて頂くことが出来、希望を叶えて頂くことが出来た。対象品は製図器具、計測器具、模型、試験片、図面、図書、ドキュメント資料などに及んだ。

そのうち、用途、背景などが明かである水槽試験模型1件、図面ならびにドキュメント資料についての調査報告2件について画像の形で見て頂くことにした。

その中のひとつが上に述べた山本先生の資料である。

2 この資料の報告は3つの区分に分けて説明する

(1)承認図など図面類の解説とリスト
このグループは図面のリストとデジタルコピーで見て頂く。

(2)建造日程など図面以外の建造関連資料の解説とリスト
このグループは資料の名称と内容の概説を記したリストで説明する。

(3)参考資料の解説とリスト

直接の両船承認申請用ではなく、山本先生が機関部、電気部の参考として業者に求められたと思われる資料、もしくは業者側がPRのために提供したと思われる資料であり、これについてはリストによる総覧・概説とめぼしい資料の画像で見て頂く。

3 承認図など図面類の解説とリスト

(1)解説

日本丸、海王丸2隻の練習船は、昭和4年から5年にかけて(株)川崎造船所で建造された我が国初のディーゼル補助機関付4本マスト・バーク型帆船である。官有船であるが、その建造体制の全体像は不詳、本資料から判るところでは発注までの作業は逓信省管船局が担当し、発注後の船主は文部省となっている。その期間全体を通じて技術面を担当されたのが東大船舶工学科の山本武蔵教授であったと思われる。ただ、同教授が全般および船体部を担当されたが、機関部は別の教職が担当されたのではないかという推測も出来る。本資料の中に機関部の資料が少ないことがその根拠であるが、真相は明らかではない。また無線通信装置を装備したと思われるが、第1案仕様書にはその記述がないことなどから途中から装備案が出てきたと推測される。 本資料から山本教授が初期段階の図面承認は自ら担当されたことは明確であるが、建造中の現場立会などをどの程度担当されたかは不明である。ただし、状況を把握されていたことは各種の予定表、実績調査表などが含まれていることから判る。

本船の建造日程は、船主である文部省の要求は2隻同時完工という珍しい日程である。2隻は地方商船学校に配備される予定であったので、何らかの教育行政上の理由があったのであろう。 しかし、初めての帆装工事を伴う全くの同型船を同時に建造するのは造船所にとっては負担が大きい。その故であろうか、実際工程は第2船が引渡で約50日遅れる「雁行建造」となっている(下記PPTコピー参照)。本資料の中に建造予定表が何版か含まれているのはこの背景によると思われる。

参考:2017OS発表「造船資料保存委員会の収蔵品の紹介とそれから見える造船史の一隅」(2017年春に藤村が講演)20170505の一部PPT

(2)図面リスト

収蔵品資料類の内、承認申請図面類のリストを[表1A]日本丸承認申請図面類リストに示す。

図面の内主要なものはスキャンしてその画像を[表1B]日本丸承認申請主要図面一覧に収録してある。各図面画像はこの一覧より閲覧出来る。

図面画像表示の一例として、電装関連図の代表的図面を次に示す。 電装部について言えば、この船は当時としては最先端を行く装備を備えており、船舶電装の進歩を知る第1次資料的な価値があると思われる。

この例に示す通り、図面原図はすべて青図であるが、明瞭度を上げるため反転して白図を作成し添付してある。これにより原図よりも見やすくなっていると思われる。

電装関連図代表的図面「無線電信関係図」

(1)原図面(青図)
(2)反転図(白図)

 

4 建造日程など図面以外の建造関連資料の解説とリスト

図面以外の諸資料(工事日程表など)の説明は[表2]日本丸図面以外の承認申請資料に収録してあるのでそれを参照されたい。

この資料に関しては原資料の画像化は行っていない。 研究などの必要上閲覧もしくはコピーの作成を希望される方は、造船資料保存委員会に申し込んで下さい。

5 参考資料解説とリスト

(1)解説

山本教授は機関部、電気部については専門外であったので、図面承認作業に当たって各社の参考資料の提供を求めたと思われる。この資料は主としてその要請に応えて各社から提供された参考資料である。従って直接日本丸の内容を説明する資料ではない。しかし、昭和初期の機関・電気部の状況を知るには好個の資料である。

さらに興味深いのは、当時の商習慣、ビジネスレターの形式などを知ることが出来ることである。薄紙にカーボン紙を挟んで書かれたものが多く、文体は候文であり今日の我々には読むことも難しい。 また、当時の機械類のカタログなどPRの様子もわかる。

さらに、(株)神戸製鋼所については会社変遷が詳しく説明されているなど、当時の業界状況もかいま見ることが出来る。

ディーゼル主機は池貝鉄工所製に決定しているが、その前段階の資料として三菱造船神戸造船所、神戸製鋼所、ガデリウス商会、新潟鉄工所など造船機械メーカー、輸入商社などがカタログ、関連図面などの資料を提出している。

(2)参考資料リスト

資料の全体像は[表3]山本教授所持の参考資料リストに示すとおりである。

また、代表的な個別資料の画像は、上記リスト右側に示したファイルに依り見ることが出来る。

6 おわりに

この資料をどういう観点から見るかは閲覧者の関心によることは言うまでもないが、調査者は次の ような3つの観点を意識しながら見た。

(1)日本丸、海王丸の配置や帆装の参考として。帆装図は外国製である。

(2)同型船を2隻同時に引渡すという難しい要求に応えた造船所の努力の一端を知る参考として。

(3)大学の教授は、研究以外に様々な活動に携わっておられるが、実船の建造の実務に関係する資料が一式残されていたというのは珍しい事例である。その実証資料として大きな関心をもって調査した。

以上

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